【「それ、なんの役に立つの?と言われたら】というブログを読んでぼんやりと

こんな記事を読みました。

 

www.kobeniblog.com

 

 

役に立つと言うのはいいことだけど、それに追われてしまったら元も子もない。

最後に相模原市の障害者施設で起きた殺人事件について触れているが、役に立つ=最重要事項となってしまうと色々としんどくなってしまう。

突き詰めると娯楽は不要という結論になる。

娯楽というのは感情が動かされたり、夢中になれるものが娯楽に当たるものだと思う。

仕事人間の人は娯楽なんかしている暇があるなら勉強をするという人がたくさんいると思うが、その人は仕事自体が好きで夢中になれるから仕事と娯楽がイコールになっているのだと思う。

 

「好きなことを仕事にできている人」という言葉も聞くが、ここで言う「好きなこと」って言うのは絵を書くことだったり具体的なことを思い浮かべるが、実際は仕事の流れを効率化することや業績をあげることや見やすい資料を作ることなど、仕事の中の作業も好きなことに入ると思う。

新聞を読んで世の中のことを知ることは大事だ、と言うのもそれは興味があるからで苦痛で仕方ないが義務的に読んでいると言う人は少ないのではないだろうか。

 

これは親戚の70代の叔父の話なのだが、以前は小説を読むのが趣味で色々読んでいたが今は全く読まなくなった、だから今は無趣味だと言う。

しかし、以前からやっていた株はやっており、欠かさず経済ニュースをチェックし、小説の文字並みに細かい字で毎日メモをとっている。

叔父に「それは株が趣味なんでしょ」と言ってもピンときていない。

叔父の中では株と言うのはお金を稼ぐもので、それは役に立つことだから趣味(=娯楽)と言われてもピンとこないのだと思う。

多くの人は社会だったり仕事などお金に関わるプラスになる行為を「役に立つこと」と考える。

なぜか「役に立つこと」は娯楽とは考えないようだ。

 

役に立つ=最重要となっている人の多くは、社会的・経済的に役に立つことをすること自体が楽しい、つまり娯楽になっていると考えるともう少し考え方が変わりそうな気がする。

 

だいぶとっちらかった文章になってしまったが、そんなことをぼんやりと思った。

メルカリの検索システム論についてぼんやりと

メルカリは私も出品、購入共に利用しているのだが、出品する際には値段設定をする為に売れた商品だけみることもあったりする。

 

こんな記事を見かけたのでぼんやりと。

logmi.jp

 

logmiという講演会やトークセッションをまとめているサイトの記事なのだが、この記事ではメルカリの検索システムの責任者がどういう考え方で検索システムを構築しているのかを語っている。

 

「売れた商品」も表示する理由

創業者の山田進太郎氏はなんとなく検索結果に「売れた商品」もあった方がいい気がすると当初から言っていたとのことだが、4~5回「売れた商品」を検索結果に出さないようにしてみたところ、出品も購買も減少して結果的に取引総額も減少したとのこと。

私は出品する時は売れた商品に絞って検索したりしていたので、出品が減少するのは読みながら予想できた。

購買が減少するのは面白いなと。

 

 

メルカリの検索システムでは新着性が大事

そもそも、メルカリにおいては新着性が非常に大事であってGoogleなどの検索エンジンとは考え方が違うとのことだ。

例として「六本木 焼肉屋」と検索して、その5分後にもう一度検索して結果が変わることを期待しないと登壇者が話しているが、AmazonのようなBtoC(厳密には違うかもしれないが)の通販サイトもそれほど極端に検索結果が変わることは期待しないと思う。

メルカリはCtoCで出品者がとにかく多いからこそ検索結果における新着性が大事ということだろう。

実際に、メルカリは「売るアプリ」というマーケティングをしている。

「売れた商品」を検索結果に表示することで、「買い損ねた!」とか「これくらいの値段で出品されるのを待とう」とか、こまめに検索する動機付けにもなっている。

 

 

情報検索と商品検索(メルカリ)のUIの違い

Googleなどはトップ3に表示されているサイトに比べて、4位以下のアクセス率は一気に1/3に減少している。

記事中にGoogleとメルカリの結果表示の違いについて書かれているが、メルカリは検索したワードを元に作られたカタログをみている感覚なのかもしれない。

メルカリのUIは結果の一覧性が高く、カタログをペラペラとめくっていく感覚でどんどん下にスクロールして見ていくようになっている。

カタログをペラペラめくっていく時は新しい出品を見たいと思うのだが、売れた商品が表示されていない状況=売れ残り商品が表示されている状況にもなりかねない。

あとはメルカリがAmazonなどのBtoCと違い、1点もののみが売られれている形になるので売れた商品が表示されているのが大事なのだろう。

 

そんなことをぼんやりと思いました。

 

広告におけるクリエイティブについてぼんやりと

現代はめちゃくちゃ情報に溢れているというのはよく言われている。

中でも広告というのはあらゆる場所にある出現情報だ。

このはてなブログにも広告はあるし、ニュースサイトを見ても、検索エンジンを利用しても必ずといっていいほど目にする。

テレビをつけてもSNSを開いても街を歩いていてもだ。

 

こんな記事を読んだのでぼんやりと思ったことを書こうと思う。

 

note.mu

 

デザインも広告もど素人な訳だけど、この記事の中でひたすら機能とかを前面に出して「売るぞ!」って気持ちが見えまくってる広告ののものを買おうと思わないのは共感する。

広告が溢れまくっているので、「売るぞ!」って気持ちばっかり出ているものは目を引かないのだろう。

 

そういった広告が多い理由の一つとして機能が大きく優れている、画期的なモノがあまり出てこないというのもありそうだ。

 もちろん、画期的な機能のモノはあると思うのだが、全く商品知識がない人やそれほど興味がない人から見ると画期的に見えないという意味で、だ。

 

例えば携帯電話が出た時などは、老若男女問わず画期的であることが伝わったのではないだろうか。

今は徐々に機能がアップデートされていて、気がついたらものすごく高機能になっているというモノが多い気がする。

開発側であるクライアントからすると他者との差別化をはかっていたり、機能をアップデートしているからこそ機能面などを前面に出した結果、消費者側からするとどう違うかわからないありふれた広告になってしまうのだろう。

 

現代においてはそれなりの機能があるのは当然と消費者は考える気がするので、広告自体にアート性があったり、ふざけている方が目をひくはずだ。

時に炎上してしまうケースもあるので加減がすごく難しそうではあるが。

そこまで炎上するか?という広告を見ると、担当者のその後を考えて辛い気持ちになってしまう…。

 

記事の内容とはかなり逸れてしまったが、そんなことをぼんやりと思った。

「マクドナルドの店内BGM」のディープさについてぼんやりと

こんな記事を読んで思ったことをぼんやりと。

www.businessinsider.jp

 

詳細は記事を読んでいただければと思うが、マクドナルドはUSENの特別編成チームと協力してBGMにかなりこだわってるとのこと。

 

マクドナルドに行く時はイヤホンをつけていることが多いので今まで1回も気にしたことはなかったけど、特別編成チームを作るくらいにこだわっているとは!

 

大手飲食チェーンは売れ線のJ-POP、J-POPのカバー、Jazzなど色々な考えででチョイスしているんだろうけど、音楽好きの私としてはこれだけこだわっているのであれば一度ゆっくり聞いてみたいと思う。

 

 

マクドナルドがBGMにこだわりポイント

1.時間帯ごとに4つのプレイリストがある。

24時間営業も少なくないマクドナルド。

時間帯で当然ムードにあう音楽は変わってくるが、しっかり時間帯ごとにコンセプトを分けてプレイリストを作成している。

  • モーニングは爽やかな音楽
  • アフタヌーンはスタイリッシュ
  • イブニングのウキウキする感じ
  • ミッドナイトはディープに

ここまでこだわって独自プレイリストをプロと作っている店舗は飲食店以外を含めてはないのではだろうか?

それぞれ1時間のプレイリストとなっているそう。

ジャンルにはこだわらずコンセプトに合っていればOKらしいが、それって逆に選曲が大変そうだ。

 

 

2.月に2回更新

これは地味にすごいと思う。

4つのプレイリストを月に2回更新って飲食店がやることじゃなくないですか?(褒めてる)

結構大変だと思うんですよねこれ。

もちろんプロがやっているんだから仕事でしょ?って言ったらそれまでなのだが、それなりにお金がかかってると思うんですよ。

これだけお金をかけてBGMにこだわるマクドナルドがすごすぎる。

 

3.有名曲かどうかは問題ではない。

インタビュアーがアリアナ・グランデの「NASA」というシングルカットもされていない曲を使用している点に驚いていたが、有名曲ではなくてもコンセプトに合っていればOKという姿勢が素敵だ。

メッセージ性が強くてもOKにしているというところも素敵。

楽曲はいいが飲食店としてどうしても好ましくない部分はフェードアウトでカットするという、通常だったら別曲にするであろうところに手間をかけているのには頭が下がる…。

ちなみに私は音楽を聞くのが好きな方だが、恥ずかしながら知ってる曲は全然なかった。

「グローバルにコンセプトに合っている曲」とのことだが、日本語曲も流れることあるのかな?

個人的には、良質だけどまだまだ知られていない日本語曲もぜひ使って欲しいところ。

 

4.「FUN PLACE TO GO」という姿勢

マクドナルドの企業姿勢として「FUN PLACE TO GO(マクドナルドに行けば楽しいことがある)」と感じてもらえるようにすることが目標。よってBGMもオリジナルにすべきということでこだわっているらしい。

売り上げとの相関性はわかっていないが、そこにはこだわっておらずあくまでホスピタリティとして独自BGMにしている。

「神は細部に宿る」なって言葉もあるが、マクドナルドのこだわりすごすぎる…。

 

 

細部のこだわりって大事よね。

細部にこだわることで「マクドナルド」というブランド価値を高めているのだろう。

私は貧乏性なのでSpotifyなどのサブスクでプレイリスト出せばいいのにって思うが、それをしないのもなんだかかっこいい。

もちろん、マクドナルドくらいの大企業だからこそここまで出来るという部分はあるかもしれないが。

音楽好きとして、マクドナルドがより好きになる記事だった。

 

そんなことをぼんやりと思った。

立て続けに起きた園児に突っ込む交通事故についてぼんやりと

最近、園児に突っ込む交通事故が立て続けに起きている。

 

news.tbs.co.jp

 

www.asahi.com

 

死亡者も出ており非常に痛ましい限りだ。

 

この事故を巡って保育士についてTwitterなどのSNSで様々な意見が飛び交っている。

togetter.com

 

togetter.com

 

上の記事は大津市での事故についてのツイートをまとめたものだが保育園の記者会見について賛否両論、様々な意見が飛び交っていることがわかる。

いずれも「保育園の責任」が焦点になっている。

 

「保育園の責任」とはどこまでなのか?

あくまで「ぼんやり帳」なので法的根拠等には触れず、一般人の考えとして書いていく。

保育園は親に変わって子供を預かる仕事なので、当然園児の安全が大前提にある。

今回の事故においては、外出時にしっかりと安全面に考慮したルールの運用がされていたのかという点が重要になってくる。

「1人の保育士に対して園児は何人まで」というルールが法的に決まっていることは聞いたことがあるので、それは最低限クリアしなければならないラインだろう。

今回はそのラインはクリアしていたらしい。

 

次に、外出時のルールに問題がなかったかどうかだ。

外出時のルールというのは法的に細かく規定するのは難しいと思うので、規定がない、もしくはかなり抽象的なものしかなさそうである。

そうすると一般論として安全に注意していたかという点が重要になる。

 今回はストリートビューで事故が起きた場所で園児が交差点から離れた場所にいる様子が写っており問題ないとされているようだ。

 

ここで私は少し引っかかる。

というのは、仮にこれが交差点の角、横断歩道の近くにいたら問題になっていたかもしれないという点だ。

 

私自身は子供はいないが、友人家族や街で見かける家族連れは割と横断歩道の近くに立っていることの方が多い気がする。

近くに立っていると言っても、ものすごくギリギリに立っているということではなく大人が普通に信号待ちをしている程度の話だ。

これは個人的な感覚ではあるが、交差点から離れた位置にいないと安全に考慮していないというのはちょっと極端すぎないだろうか?

もし交差点の近くにいた場合、もちろん被害園児の親からしたら「なぜ交差点の近くに立っていたんだ」という気持ちになることは当然であるし、「交差点から離れた位置にいるべき」という意見が出てくるのはごく自然である。

ただ現時点での一般論(この事故に対してではなく)として、「交差点の近くに子供を連れて立つなどけしからん!」という雰囲気はないと思う。

子供連れの家族がそうしていても非難されないのに、保育園がそうしていたら非難されるということ(雰囲気)はかなり疑問だ。

 

保育園に対して過剰にサービスを求めすぎでは?

私の友人には保育士も何人かいるのだが、話を聞いていると本当に大変そうである。

モンスターペアレントとまでは言わないが、我が子を心配するあまり過剰反応している保護者も多いらしい。

例えばちょっとした喧嘩や転んで怪我をした時に、状況を説明してもなかなか納得をしてくれなかったりすることも少なくないらしい。

また、保育園だけで見せる子供の一面を伝え、家庭でこのようにした方がいいのではというアドバイスをしても逆に怒られてしまうこともあると言う。

 

保育園は保育士というプロが預かっているのだから完璧であるべき!と考えている保護者がまだまだ多いのではないだろうか?

保護者にも人によって色々な考え方があるのは理解できるので批判をするつもりはないが、もう少し保育士によりそって考えてあげてもいいと思う。

まして、我が子を預かってくれているのだから。

そもそも、人を相手にした仕事にベターはあってもベストはないはずだ。

 

「保育園への記者会見する必要ある?」という意見について

今回のような事故が起こった時、保育園がどのように普段運営していたかは気になるというのは必然だろうと私は思う。

ただ、今回のように問題を起こした保育園への質問に見えるのは、報道陣にミスだろう。

もしも保育園が「1人の保育士に対して園児は何人まで」という規定を守っていなかった場合、全く直接的には関係ない問題にも関わらず批判が殺到していたことは想像に難くない。

何故ならばルールを守っていない保育園は信用できないからだ。

今回の事故は交差点に車が突っ込んでおり、保育士が何人いようと保育園としては避けられなかった事故なのは明白であるにも関わらずだ。

私もそう思っていただろう。

記者会見、つまり報道陣が取材する場はいずれにしても必要だったと考える。

「記者会見」自体を批判するのもまた行き過ぎな意見だと言える。

繰り返しになるが、報道陣が「保育園を責めている」ように見える質問の仕方(実際、現場でもそうだったのかもしれないが)は問題がある。

 

 

今回の事故を通じて様々な意見に対して、このようなことをぼんやりと思った。

亡くなった被害者の方のご冥福を祈ります。